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第111話 三年前にはなかった記録

Author: 花柳響
last update publish date: 2026-07-30 06:00:34

「ずいぶん偉くなったものだな」

「偉くなったわけじゃありません。三年前より、手順を覚えただけです」

 玄関奥の廊下で、かすかな衣擦れの音がした。

 誰かがいる。

 未央かと思ったが、姿を見せたのは琴美だった。

 淡い色のカーディガンを羽織り、髪をきちんとまとめている。けれど目元の化粧だけが少し崩れていた。朝から泣いていたのかもしれない。

 琴美は私を見るなり、足を止めた。

「……栞」

 名前だけが、薄くこぼれた。

 返事はすぐに出なかった。

 母と呼んでいた人だった。

 三年前、階段下で未央を抱きしめていた人でもある。私の頬が赤く腫れていた時、何も言わなかった人。あとで泣きながら部屋の前に来て、扉越しに「ごめんなさい」とだけ言った人。

 その声を、私は開けなかった。

 今でも覚えている。

 扉の木目。夜の廊下の明かり。向こうで鼻をすする音。

 覚えているのに、許したことにはならない。

「琴美さん
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